コラム1
103 理を持って心の欲するままに従う
幸せのために生きる
「あなたにとって人生の目的は何ですか」と尋ねられたら何と答えるでしょうか。日常ほとんど意識することはないが、人生の終末が近づくと自分の人生を振り返ることがある。進学、就職、パートナーとの出会い結婚、仕事、育児、退職後の生活等に思いをはせて、自分の人生を振り返える。子供の頃将来なりたい者の夢は小中学生の男子では野球選手、サッカー選手、学校の先生、医師、公務員であり、女子では保育士、看護師、漫画家、美容師、学校の先生がそれぞれベスト 5 である。学生はなりたい職業により夢を叶えることがその時の目的になろう。
やがて子供の頃描いた仕事に就くことができたとしても、描いていたことと現実とのギャップや人間関係のストレスから職を変えることはある。時の経過に伴い目的は変化し続ける。
そして子育て真最中の家庭では母親は「子供を一人前に育てること」、父親は「家族を守り養うこと」を目的に挙げるかもしれない。現状をしっかり見つめ真剣に取り組んでいる親の姿が浮かぶ。環境の変化に応じた目的が設定されている。
現状に苦しさを感じればもっと楽になれるように、また自分および家族を含め現状よりもっと幸せになりたいという願いは一貫して変わらない。目的が幸せと連動しなくなると幸せを優先しがちである。
また人は常に幸せを求め続けるが、現状の幸せだけでは満足できず未知なる幸せに期待するところがある。
幸せの受信部
現状の幸せを認識する場合として主体的幸せと相対的幸せがある。主体的幸せは運動する、瞑想する、ボランティア活動に参加する、声を出して笑う、友人とお茶の時間を楽しむなどである。これらの幸福感は脳からドーパミンやべータ・エンドルフィンなどが分泌されている状態といわれている。
相対的幸せは現状の自分より不幸と思われる状態を想定すると幸せを感じられる。交通事故で車が全損になった人にかける言葉は「車の損害だけで済んで良かった。あれだけの事故でケガ一つしなかったのは奇跡かもしれない」などである。言われた方は先ほどまで落ち込んでいた気分がいくらか軽くなる。
幸せの感覚は自分の意識の持ちようで幸福にもなり不幸にもなるだろう。また主体的幸せは何気ない毎日の出来事であり、ほとんどお金はかからない。
幸せを感じるのはテストで 100 点が取れたからではなく、満点を取れた満足感とそれによって先生や親から褒められることで幸せを感じている。人には理性と本能が備わっているが、幸せを感じるのは本能部分である。
散歩に連れ出されている犬や撫でられている猫は幸せそうな顔をしている。理性は人間にしか備わっていないが、本能は動物にも備わっている。
本能の特徴として普段は無意識であるので、日常の幸せは当たり前のこととしてあまり気に留めない。
また欲求と連動するところがあるので、更なる幸せを求め続ける。
ポジティブ・シンキング
ポジティブ・シンキングを言い換えればプラス思考、楽天的思考、前向き思考となるだろうか。楽天家というと自分勝手、調子者、信用できない人と受け止められがちである。日本人の気質として根性、忍耐、慎重、有言実行、石橋をたたいて渡るほうが好まれているようである。
ポジティブ・シンキングと反対のネガティブ・シンキングではどちらが幸せかと比べれば、おそらくポジティブ・シンキングのほうが幸せである。
上司から褒められる事があったら、ポジティブ・シンキングは自分の努力を素直に認め、また頑張ろうとする。一方ネガティブ・シンキングは今日たまたま上司の機嫌が良かっただけ、明日も同様であって欲しいと願う。
人は幸せを求めて生きているならば、自己中心的とかお調子者と言われようが、ポジティブ・シンキングのほうが自分の幸せを維持しやすい。
ポジティブ・シンキングを習慣にするには普段の口癖に気をつける、「なぜ」ではなく「どうしたら」に変える、「やっぱり」と「たまたま」を入れ替える、「それって本当」と疑ってかかる、他の人を褒めるなどを実行することが紹介されていた。ポジティブ・シンキングが身に付くことにより今以上に自分に自信が付くだろう。
明るく夢のある話を聞いているほうが聞いている方も楽しく幸せな気分になれる。このような思考は人を引き寄せ、仕事を引き寄せ、お金も引き寄せるだろう。おそらく世の中の成功者はポジティブ・シンキングであり幾つもの運を引き寄せた人だろう。
リスク愛好家
投資家の一般論としてリスクを減少するために分散投資を行う。
上がるものと下がるもの相反するものを組み合わせてポートフォリオを組み立てることが投資の王道といわれている。
リスクというと危険と受け止められがちだが、投資におけるリスクはてにならないので、とかく嫌われがちである。慎重派である日本人はリスク回避者が多いと思われる。それは投資対象が欧米に比べ預貯金に極端に偏っていることからうかがえる。
金融の専門家である FP もリスク回避者の立場を取る。低金利時代であれば借入れは固定金利を勧め、預貯金以外の投資といえば債券もしくは公社債投資信託になるだろう。予想が外れて下がったときの責任を免れるには賢明かもしれない。
人は幸せを求めて生きている。幸せは現状を認識すると共に常に新しい幸せを欲している。リスクを回避してばかりいたら幸せは一向にやってこないことになる。幸せになるにはリスクを前向きに受け止めてよいのだろう。
他人のことだから無責任に聞こえるかもしれないが、3 億円の宝くじに当たった人と交通事故で下半身不随になった人でも 3 年後の幸福度はほとんど変わらないという実験データがある。
失敗して一時はどん底に落ちても時間の経過と意識の変化で立ち直れるのを言い表している。また死を間際に迎えようとしている人は行おうとして行わなかったことを後悔している。
理を持って心の欲するままに従う
孔子の教えの中に「七十にして心の欲するところに従いて、矩(のり)を踰(こ)えず」があるが、「心の欲するところに従いて、則を越えず」は、正に幸せになるための法則となるだろう。
則というのは世の中の法律やルールのことをいうので、悪いことをせず他人に迷惑をかけなければ何をしても良いと受け止められる。
七十にもなれば世の中の分別をわきまえているだろうが、実際にルールに違反して得た利得には後ろめたさが付きまとう。同じお金でも真面目に働いて稼いだお金と強盗や詐欺で得たお金では得られる幸福感に雲泥の
差がある。ルール違反は幸福感を弱めてしまうので、真っ当な振る舞いが常に求められる。
「正直者が馬鹿を見る」といわれるが、一時の利得の事では仮にそのようなことがあっても、不誠実者はその事で長期間苦しみ続けなければならない。幸せでいるためにはまず正直者でなければならない。不誠実は相手を傷つけるばかりでなく、自分の幸せも損なってしまう。
感覚的に生きることでも他人に迷惑をかけなければ幸せといえるかもしれない。しかし人には動物と異なり理性が備わっている。理性による計画を下に心の欲するままに従ったほうがよろしいのではないか。
長野日報土曜コラム 平成 27 年 3 月 28 日掲載
有限会社テヅカプラニング 手塚英雄