コラム1
137 お金の悩ましさ
若年世代のキャッシュフロー
かつての結婚式場が姿を消して新たに建てられるのは葬儀場である。少子高齢化が町の風景までも変えていく。結婚は若い二人の新たなスタートと共に両家の結びつきの始まりでもある。
結婚式には仲人を立て、友人、同僚、職場の上司先輩、学校の先生などこれまでお世話になった方々や親戚、隣組まで参列すれば100名を軽く超えるだろう。
しかし最近では参列するのは友人が中心である。参列者は少なくかつてのような大広間は不要である。参列者が少なくなったとしても結婚式には相当のお金がかかる。ご祝儀だけで足りるはずがなく、持ち出しが発生する。事前に準備し蓄えがあれば良いが、無ければ親のすねをかじることになる。
親に頼ることができなければローンを組む事になる。すでに学生ローン、奨学金を借りていれば借金はダブルで発生する。若い二人にとって辛いマイナスからのスタートである。
やがて子供を授かれば妻の就労は制限され、収入は働けない分当然少なくなる。そして子供が大きくなればマイホームが欲しくなる。マイホームは子供が小学校に通い始める時期に合わせて取得する人が多い。当然30年を超える大きなローンを組むことになる。
さらに自動車ローンがあれば、ローンの返済だけで相当の金額になる。ローンの返済は元本と利息を合わせて返済するので貯蓄による現金払いより効率が悪い。
子供は次第に大きくなり、習い事、部活にお金がかかり、送り迎え、試合や発表となれば家族の小旅行に匹敵する。
そして高校を卒業して大学、専門学校では今までとは桁違いのお金が湯水のように消えてゆく。子供が行きたい学校があるならば、例え私立であっても場所が東京でも行かせてあげたい。
子供がバイトで稼いで生活の足しにするといっても、勉強が疎かにならないか気にかかる。娘であれば居住地区の安全や建物のセキュリティーも重要である。
養育時代はお金の過不足を痛感する。もっとお金があれば小学校から私立に通わせることができるし、大学卒業後海外留学もしくは大学院に通わせることもできる。お金によって子供の夢に制限がかけられると痛感する。
人生100年
日本人の2016年平均寿命は男性81歳、女性87歳で世界最高水準である。平均寿命は今年生まれた子が何歳まで生きるかを表している。平均寿命前に亡くなる人もいれば平均寿命を超えて亡くなる人もいる。
長寿はありがたいことであるが、生活し続けるためにはお金がかかる。一般に老後の生活は年金だけでは足りず蓄えを少しずつ取り崩している。さらに長寿になれば取り崩す金額が多くなるため、気安く退職金を使うことができなくなる。もしくは高齢になっても働けるうちは働くことが普通になってきた。
退職金と年金で老後は心配なかった公務員も確定拠出年金の加入者に加わったのは、これまでとは異なり自分で老後に備えるようなシグナルである。
また銀行での貯蓄だけでは全く殖えないので、投資によって少しでも殖やし老後に充てるようNISA(少額投資非課税制度)が導入された。確定拠出年金は譲渡益等非課税制度や掛金が所得控除になるなどメリットはあるが、投資という損失リスクも伴う制度である。
確定拠出年金もNISAも投資なので運用状況は常に変動する。リーマンショック時は株式で3割、不動産で4割下落したといわれる。将来の老後の生活費をこれまで経験した事のない投資に委ねることに不安を感じるのは当然である。
生きている間に資金がショートすることは避けたい。寿命は平均寿命より長い100年くらいを想定したほうが良いだろう。人生の終末期は今ほど元気ではいられない。思わぬ病気にかかり認知症を発症するかもしれない。
そうなれば医療費はさらに多くかかる。施設に入所することになればかかる費用は想像もできない。それは自分だけでなくパートナーも同様である。最後を迎えるそのときまで不安が付きまとう。
相続・遺産分割
戦後になって家督相続から均分相続に変更された。家や墓を守っていくには次の家長である長男が全ての資産を相続するのが合理的であった。長男以外の家族の人権を尊重することから制度が見直された。
それでも親の面倒は長男が看るという習慣はいまだ残っている。よって親と同居していれば不動産資産は長男が金融資産を他の相続人を含め分割する。分割割合は主に長男が決め、他の相続人はそれに従う傾向が強い。
兄弟の仲が良く長男に思いやりがあり弟妹の面倒をみてきたならおそらく反対意見はでないだろう。ところが長男が家を出て次男が親の面倒を看ている、これまでの教育や住宅取得支援に大きな差が生じていれば長男の言うことを素直に聞けない。
相続財産は相続人にしてみれば宝くじに当たったようなものである。そして自らの権利を主張すればすれほど取り分が増える可能性がある。
ただし取り分が増えたために兄弟姉妹の仲は修復不可能になる場合がある。やがて来る甥や姪の結婚式、兄弟姉妹の葬式には呼ぶか呼ばぬか、行くか行かぬか迷うことになる。
亡くなる時に資産がちょうどゼロになればもめることはないがそうはいかない。たいていプラス資産が残り遺産分割の対象になる。現金が無くても不動産は残る。
資産がゼロではないがもめるほどの資産はないという人は多いと思われる。住宅と定期預金、わずかな保険金があるだけだ。
遺産分割のトラブルは資産の多寡に関係なく発生する。資産が多い家では相続税を払わなければならないので事前に多角的に検討している。よって何も準備をしない資産が少ない家のほうがもめているといえそうだ。
自分が被相続人であればすでにあの世に行っているので細かい指図はできない。遺産をめぐり家族のトラブルを気にしだしたら死ぬに死ねない。三途の川から引き返し自分の欲ばかりを主張するなと子供たちに喝を入れたくなる。
お金に振り回される
お金は無ければ買うことができず支払いもできず困ることが多い。一方お金があればあったで人の欲を煽り面倒を引き起こす。いっそ無くしてしまえば原始時代に逆戻りである。
お金を出せば立派な結婚式を挙げることができるが、親族や少人数だけの食事会程度ではどうだろうか。もしくは写真だけの結婚式もあるだろうし、婚姻届を役所に提出すれば結婚は認められる。
何科目も塾で教えてもらえば費用はかさんでくる。皆が塾に行くから、仲間はずれになりたくないからという理由もあるだろうか。他人と比べるところから葛藤が始まりお金の過不足が生ずる。
大学進学は勉強したいことが決まっていれば意味はあるが、将来やりたいことが決まっていないからとりあえず大学に行ってやりたいことを見つける。何とか見つかれば良いが、探しているうちに4年間は過ぎてしまう。
本来の希望をかなえる為にお金はその手段に使われることが多い。お金に頼らなくとも希望をかなえる方法はあるだろう。お金を使わず夢や希望を叶えるには辛抱や忍耐が必要であり、お金で解決できるほうが簡単かもしれない。
本来お金には数量価値と交換価値が備わっているだけである。万人に共通のルールである。悩ましいのは欲望と葛藤に揺れ動く人の心による。もっとシンプルに考えられたら楽に生きられるかもしれない。
長野日報土曜コラム 平成30年1月27日掲載
有限会社テヅカプラニング 手塚英雄